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地獄に沼って書かざるを得なくなった女の独り言

君の名前で僕を呼んで 感想

映画「君の名前で僕を呼んで」、この方は間違いなく私と趣味が合う!という方からおすすめされて見たのですが、あまりに美しいお話で余韻が良かったので感想を書く。

 

有名な作品なのであらすじは簡単にすませるが、舞台は1983年、北イタリアの避暑地で大学教授の息子のエリオと、その教授のもとにやってきたアメリカ人大学院生のオリヴァーが一夏を過ごして互いに惹かれ合うというお話。

 

まず、これはすでに語られ尽くしていると思うけれど、映像がどこを切り取っても美しいのが最高。北イタリアの夏の日差しと木陰に落ちる影のコントラスト、ひんやりした水の温度感まで伝わってきそうな池のシーン、小さな古い町の歴史を長年見てきたであろうレンガ造りの建物群。地味なところでは天気の良い日の食事は外でとり、庭で取れた果物をジュースにしてお手伝いさんが持ってきてくれるというシチュエーションが、非日常のリゾートに憧れる限界労働者にはたまらない。こんなところで一夏過ごせたらもうそれだけで天国だろうな。。映像として好きすぎて今も流しながら感想文を書いている。

 

あとは舞台設定が大学教授の別荘というだけあって、生活のあらゆる場面に文化が溢れているのも素敵。天井まで本の詰まった書斎だったり、リビングに当たり前のように置いてあるピアノであったり、壁に飾られた大きな絵画。。視聴者側にも、物語に出てくる音楽や小説についてもっと背景知識があればより楽しめるんだろうなとも思う。教養のなさでこの美しい映画の味わい方を逃しているのはもったいない気がするので、後で細かく解説してくれているブログなどを見て回ろうと思う。

 

前半はエリオの思春期ならではの繊細さや、自分が何者かも、自分の性指向すらもよく分からない不安定さと、オリヴァーの知識と自信のある大人の男性としての落ち着きの対比がとても良かった。二人共タイプの全く違う男性なのにとても魅力的に描かれている。あとはこれは単なるフェチですが、オリヴァーすっごいかわいい犬歯あるんですよ!!洗練された大人の男性なのに!子供みたいな犬歯!!私はもうオリヴァーが話すシーンでは彼の口元に釘付けでした(別作品の推しにも犬歯があるというのも大きい)。目の前にすぐ付き合える可愛い女の子がいながら彼に惹かれるエリオの気持ちも分かるよ。。オリヴァー、大人としての落ち着きの中にふと垣間見える孤独も無邪気さも嫌味なく魅力的だもの。

 

あと、ここは人により印象が違うかもしれないけれど、私は自然の描き方がどことなく日本人の監督が撮る映画とは違う気がした。日本人ならどうしても登場人物の気持ちを自然のカットに反映させたがる気がする。不安なシーンを曇り空で表したり、泣きたい気持ちを雨に投影したりとウェットになりがち。偏見かもしれないけれど。この映画からは、私はそうした暗喩はあまり感じず、単に舞台装置として美しく季節を切り取るぞという、言ってみればカラッとした美意識を感じた。

 

それに対して濡れ場やそれに至るシーンの暗喩と色気の強烈さたるや。エリオから口を開けてキスをねだるシーンも、ベッドの下で足を重ねるシーンも、見ているだけで心臓がどきどきするほど鮮やかに恋の始まる瞬間を切り取っている。直接好きと言わずに気持ちを確認する二人の会話ももどかしい。前半ではエリオの目線からオリヴァーに惹かれる彼の葛藤ばかり描かれていたように見えるけれど、会話を追っているとオリヴァーも年の離れたエリオに惹かれて、大いに葛藤していたことが伝わるのが切ない。

濡れ場シーンでは、どちらがいわゆる男役でどちらが女役がははっきり描かれていないけれど、もはやそんなことはどうでもいいと思えるほどに、二人の鮮烈な欲求の発露と喜びが伝わってくる良いシーンだった。でもその後のエリオの桃を使った自慰シーン見ていると彼が男役なのかなという気もする。このシーンもとんでもなくセクシーだった。桃を触っているだけなのに普通に家族とは見るには気まずすぎる映像。もはやモザイクかけたほうがいい。

 

実は、私は肝心の「君の名前で僕を呼んで」という行為の意味するところはこの段階ではぼんやりとしか分からなかった。自分と相手が一体化するということなのか、それともこんな「背徳的な」行為の中で自分を肯定するということなのか、その両方なのか。ただ、その意味は、物語後半の二人きりの旅行先で、壮大な自然を背景に名前を叫ぶシーンでようやく焦点を結んだ気がした。自分のあり方にずっと迷い不安定だったエリオにとっても、同性愛者としての自分を長く世間から隠してきたオリヴァーにとっても、二人だけの世界でこうして「自分の名前で相手を呼ぶ」ことは、そんな自分と相手を受け入れて肯定することだったのかなと思う。

 

そんな二人の関係にも、あらかじめ分かっていた通り、終わりがやってくる。アメリカとイタリア、大西洋を挟んであまりに遠い別れ‥。

私は別れのシーンよりも、最後の冬の別荘でエリオが父親と会話をするシーンで泣きそうになってしまった。エリオの両親共にその時代にしては珍しく、同性愛に偏見がなく、エリオがオリヴァーに惹かれるなら心のままに行動していいよ、むしろそうしなさい、という方針なのが凄い。父親は考古学や言語学に造詣の深い学者で、母親も複数言語の文学作品を読みこなしているような描写があるので、そうした古今東西の人の機微に触れた二人の背景がそうさせたのかもしれないけれど。

この年になって重みを感じる、父親の「心は衰える」という言葉よ‥。若く心が脆く不安定なうちにこそ、人と関わることの痛みも喜びも鮮烈に感じられて、それがその後の人生を豊かにしてくれるという、この映画を通しての強烈なメッセージを感じた。心が不安定なときこそ芸術に没頭するのは容易い(物語前半のエリオがそうであったように)。でも人と関わり、傷ついて経験として自分のものにすることでしか得られないものがある、という言葉を学者に語らせることの深み‥。

 

オリヴァーについては、結局結婚することになったという彼の決断がよかったのか悪かったのか、私には分からない。世間体を保つための結婚のように聞こえた。彼はあのまま多くの男女を魅了しながら独身を貫くこともできたと思うけれど、エリオとの間で本当の自分を出して肯定できたという思い出ができたからこそ、結婚という結論が出せたのかなとも思う。

そんな彼の話を聞いて、一人で暖炉の火を見つめるオリヴァーはとても大人びた表情をしているように見えた。痛みに耐えているようにも見えて、擬似的にオリヴァーの追体験をしているのかもしれないとも思った。

 

この映画は一回目に見たときと十回目に見たときできっと印象は変わるし、ライフステージのいつの段階で見たかにもよって感情移入の仕方も違うのだろうという気がする。いろいろな味わい方のできる深みのある作品だった。