チラシの裏の走り書き

地獄に沼って書かざるを得なくなった女の独り言

蛍火艶夜 地獄の言語化

ほとんどBLを嗜んでこなかった私が昨年蛍の沼に頭まで浸かって以来、この沼の先が見てみたいという衝動と、これだけに依存したら生活と性癖が壊される、やばい分散させねば、という危機感から、BLやそれに近いコンテンツを漁っていた。漫画と小説を中心にいろいろな作者やカテゴリのものをおそらく30くらいは読んだと思う。いくつかとても良いものに当たったのは事実だが(1945シリーズとか)、読めば読むほど蛍はBLではなく先生がブログに書かれていた通りの地獄だと実感してきたし、先生の思考と漫画の見せ方がとても男性的だなと思ってきたのでメモ。あとはどうしてもしずまくんの闇が解明しきれないので、後編に向けての疑問の洗い出し。

 

 

当たり前だが性行為は恋愛が前提であるとは限らないし、まったく恋愛と結びつかない暴力だけの行為にもなりうる。そして典型的には、男性は女性よりも性衝動に突き動かされて何の感情も持たない相手や、むしろマイナスの感情を持つ相手であってもそれができてしまうところに、男女の性行為の捉え方に大きな隔たりがあると思う。いわゆる女性向けの性描写ありのコンテンツについてはその点には配慮がされている気がしていて(もう包み隠さずに言えばレ◯◯されることへの根底的な恐れに配慮されている)、BLと呼ばれるコンテンツであっても、「そうした」嗜好のものでない限りはとても女性的な視点で描かれているように思った。要は、恋愛から始まる肉体関係か、肉体関係から始まる恋愛かの違いはあれど、女性として嫌悪感を抱かない程度に、それが暴力と取られないよう配慮された描写のものが多かったように思う。ほぼ同じ時代背景が舞台の1945シリーズにおいてもこれは強く感じたところ。蛍については良くも悪くもその視点がほぼ排除されている気がする。もっと言うと、男性の性衝動や性的欲求を容赦なく描き、かつそれを安易に恋愛感情に結びつけず、安易に両思いにさせないぞという姿勢を感じる。先生ご自身が暴力行為を含んだ複雑な愛憎関係にフェティシズムがあるとおっしゃるのだからそういう作品になるのだろうが、その理解と作品への落とし込み方があまりに徹底されていて見事。さらに心理描写が最低限なのにもかかわらず、登場人物の表情や台詞回しから伝わる感情の描写が上手すぎて読者を心理的にもゴリゴリに苦境に追い込んでくれる。痛みと苦しみ、行き場のない感情が渋滞しておかしくなりそう。最高の地獄。。

 

もう蛍、メイン登場人物が誰一人として肉体関係の入口で相手にまっすぐ恋愛感情を持っていないのがやばすぎる。とはいえグラデーションはあり、しずまくんへの言語化しがたい後ろ暗い興味を持っていたよどのさんと、橋内さんへの人間愛に近い奉仕精神を持っていたたろちゃん、八木さんへの好奇心のようなものを持っていたしずまくん(被害者。、)など細かく分けると様々だが、それでも純粋な恋慕と言えるものではないし、残りの人達はほぼ性的欲求/性衝動ドリブンなのがあまりにも男。もうこの構造だけで完全に普通のBLと一線を画している。

 

まず橋内さん、もとがノンケなのかどうかは描写がないので分からないのだが、たろちゃんにキスされてそれを平手打ちで気色悪い、と拒否したところを見ると、知識としては知っていたかもしれないものの自分の中で肉体的接触と恋愛感情が結びついていないのが分かる。過去の自分の経験を嫌悪しつつも、その中で体験してしまったしびれるような感覚に囚われて、頭ではもういつ死ぬかもしれないし面白いこともないと諦念を抱えているのに、その屈辱の中で感じた快感の一点のみにおいてこの世に未練が残っていたというのが何とも悲しい人物造形だと思う。当然たろちゃんに声をかけた理由も、性行為に関して手練れで自分と適度に接点がないということのみだろうし。肉体的な欲求と、それに対する自己評価と、それを受けての行動がもうバラバラなのよな。そんな彼が肉体的な快感を前向きに捉えられるようになって最後は自分から求めたというのがもうのたうち回るほど感動的なのだが、ここではそれは置いておく。最期に彼が駐機場でたろちゃんを目にして、あのときに拒否をしたキスを今度は自分からしたところで、心と肉体的な欲求と行動が正しく同じ方向を向いたというのが物語として完成されすぎている。そしてその後あっさりしっしっとして、清々しい敬礼とともに飛び立ったというのも。ここでおそらく橋内さんが最後の未練を晴らせた感謝を伝えられたのと、その行為がたろちゃんの一生の呪縛になったであろうことの対比が、これまた皮肉が効きすぎていてのたうち回るほど苦しい。

私は、橋内さんはたぶん最期のキスのときに性行為中にほんのり感じていたたろちゃんへの恋心というか、愛おしさをはっきり自覚したのだろうなと考えると苦しくなる。たろちゃんが一晩中ぼろぼろになりながら自分の機体の整備をしていた姿、そしてついに自分に対してご健闘を、と言えなかった姿を見て、あのとき感じた感情は性欲と勢いが見せた錯覚ではなく、本物だったのだと思い知らされて、自分の底から湧き上がるように自然と出たキスであってほしい。つかはし、もう物語として美しすぎて打ちのめされる。もう構成が美しいし、感情的にも感性と涙腺が破壊される。こんな物語を作って表現できる先生、本物の天才。。

たろちゃんはもうこの物語唯一の良心。良心というのは恋愛漫画の観点で感情の流れがとても読者に優しいという意味で、素直でこじれていなくて分かりやすい。さらに、橋内さんと比較すると顕著だが他の主要登場人物と比べても、たろちゃんはベースが心(好意)と性的欲求と行動が同じ方向に向いていて、それに対する自己評価もまっとうなので、物語の語り手として安定感がある。他方で、過去も含めて読者にとっての余白というか、想像の余地が一番少ない人物でもあると思う。彼は明確にノンケとして描かれているが、セッ‥の途中ですでに橋内さんに恋愛感情に似た何かが生まれていたのだろうなというのはもう描写で分かる。ただ、搭乗員と整備兵という大きな立場の隔たりと、その一線を守ろうという彼の真面目さゆえにたとえ重営倉から出たあとも「二日目」はない。そして、最後まで機体の整備をした末に、橋内さんの姿を目にして言葉をかけたときにその境界が揺らぐ。そこにとどめのように橋内さんからのキス。。先の投稿でも書いたが、これによって短期的にたろちゃんが抱えていたであろう懸念(橋内さんの思い残しを晴らせたか)は解消されたが、同時に橋内さんに対する意図しない執着に近い何かが生まれてしまったのではないか。自分がそれまで憧れていた人と偶然が重なって寝ることになり、互いに肉体的、精神的にこれ以上なく満足できたのに、その人は自分の手で一生届かない場所に行ってしまった事実がもう呪い以外の何者でもない。きっと彼はその先の人生、誰かに好意を寄せるたび、誰かに好意を寄せられるたび、そして肉体関係を持つたびにこのことを思い出すんだよ。こんなの遅効性の毒だよ、素がとても素直でいい子なたろちゃんにこんな運命が降り掛かったことがもう辛すぎる。

八木さんについては、まずしずまくんへのファーストアプローチが完全アウトなのがもはや清々しい。信ちゃんへの恋慕や思いを伝えられない臆病さと裏腹に、部下に八つ当たり制裁するという悪い意味でのギャップが個人的にはとても興味深い人物造形なのだが(過去投稿で書いた通り軍隊生活で殴られて育った後遺症なのではないかと推測)、いったんそれは置いておく。しずまくんの性指向を置いてもレ◯◯だし、八木さん自身、匂いがきっかけとはいえ性衝動だし、もうこんなの完全アウト。ここで普通のBLなら、徐々に八木さんがしずまくんにほだされて両思いラブラブセッ‥となるところだが、両者の性格ゆえに容易にそうはならない。八木さんだけを見ると、徐々にしずまくんに心を許しているし、煙草にかこつけてキスしているし、信ちゃんのかわりではなくしずまくん自身を見て抱いている。でも、それを彼自身が真正面から恋愛感情と認めらず、あるいは表現できず、好きという言葉のかわりに噛み跡をつけることで代替行為のように相手を傷つけているのが辛い。あとは酒井大佐に叱責されたあとも、あれだけ自分の「浅ましい」行為を受け入れてくれたしずまくんを怒りのままに殴りつけているのが、時代と環境に「男らしさ」を強要されて歪んでしまった男の姿という気がする。そんな彼がようやく自分の思いを認めて、特攻直前にしずまくんに襟巻きを交換してほしいと言えたのが唯一の救い。。ただつかはし同様、タイミングが遅い。関係を深めるには手遅れすぎる。そして、彼は幸か不幸か特攻に失敗し、生き延びてしまう。こういうことは史実でもよくあったはず。人間関係の地獄だけでなく、あれほど生に執着した人間が、一旦死に向かって覚悟を決めたのに、その後の人生が続くという別の地獄を見せてくれるのもまた容赦がなくていい。

しずまくんはまず設定というか、抱えているものがあまりに過酷。戦時中、おそらくきょうだいの中で唯一の男でありながら、本来は自分の絶対的な味方であるはずの家族から性的指向を否定され続け、追いやられるように軍隊に来た人物。地獄の登場人物、いや主人公として彼以上にふさわしい人はいない。彼は登場人物で唯一、男に抱かれるのが夢だった、と自分の性指向が男性に向いていると自認している。ただ、それは家族から否定された「病気」であるとの自認とセットで、だから八木さんに対する初期の興味やほんのりとした恋慕、そして後半でその思いが(はたから見ると)恋愛感情まで発展してからもそれを本人が前向きに捉えられていないだろうことが残酷すぎる。さらには彼についてとても興味深いのは、友人や周りに対する接し方は年相応の明るい男の子そのものなのに、性的に興味のある男性に対する接し方が艶めかしいというか、手練れている。八木さんへのアプローチ(二回目)は、俺、今日もせっけんの匂いしますかね、という絶妙に性的なものを匂わせる言い方だし、よどのさんに対するひとくちくださいも年齢不相応に色気があってぞくぞくする。つかはしのストレートさと対象的な、間接的でありながら意図の明確な「お誘い」。現代的な感覚で見ても洗練されすぎている。18歳ですよこの子。男性と寝るのが八木さんが初めてながら、こんな成熟した性的なコミュニケーションができるのは何故なのか。長年病気と自認してきた後ろめたい欲望ゆえに彼の内面からにじみ出るものなのか、それともまだ描かれていない彼の過去に何かがあるのか。

そしてしずまくんについてはこの二ヶ月かけても解像度を上げきれない部分がある。私がずっと引っかかっているのは、彼の底抜けの明るさというか、厭世観を持ちながらも自己肯定感の高さを保っているように見えるところなのだ。彼が白い襟巻きの配給を受けて喜ぶところや、同年代の子たちと仲良さそうに遊んでいる様子は彼の背景を考えると、それが取り繕っている姿なのだと言われてもしっくりくる。ただ、私はそれもまた彼の素なのではないかと思っている。八木さんの特攻前夜、彼が八木さんに殴られ傷つけられたあとも、八木さんが一人部屋で泣いている傍らで、しずまくんは八木さんに殴られたまさにその場所で空を見上げている。おそらく自尊心はぼろぼろになってもいいはずなのに、この立ち直りの早さというか、淡々と現実を受け入れている様子が私には少し意外だった。しずまくんは家族の目から逃げるように軍隊組織に入り、特攻隊に「志願」する場面では怯えたり悩む様子すらなく一番に足を踏み出し、そして八木さんと直掩を交代させてくれと酒井大佐に土下座するまでに自分の命を軽く見ている節がある。最後はきっと八木さんのために自分の命を使おうとしたところを酒井大佐に言語道断と殴られ、八木さんにも言葉でも態度でもひどく拒絶された状況のはず。そんなしずまくんが、夜にはもう心の整理をつけたように見えるのは、どこか彼の根底に自己肯定感の高さを感じるのだ。下巻でもししずまくんについて語られるのだとすると、この彼の厭世観と自己肯定感の高さの両立が何に起因するのか、というのを見てみたい。

やぎしずはしずまくんにどうしても底が見えない部分があり、つかはしほど書いていて感情がグチャグチャにならないのが正直なところ。それでも自分の性指向を病気と思いつつも、八木さんに惹かれて何度も抱かれて、また最後には八木さんが皆に見える形で襟巻きを交換してほしいと言われた彼の嬉しさを考えると心がちぎれそうになる。18歳の男の子が背負うにはあまりに重い業。。

 

私、蛍でBL沼に浸かったと思っていたのだが、これは地獄というまた別の沼だったのか?

そして25日、先生は下巻でまたどんな地獄を見せてくださるのか。地獄でのたうち回って踊る覚悟はできている。ヒャッハー

1945シリーズメモ

蛍火艶夜にドハマリしたのをきっかけに、近隣の沼ということで手を出した1945シリーズが思いの外刺さったのでメモ。抱えきれなくなった思いは書きなぐりたくなるタイプのオタクなので。順番は読んだ順。ネタバレ、地雷臭がしたら回れ右。

 

彩雲の城

三冊読んで振り返ると、全体的にこれは一番、いわゆる耽美なBLの系統に近いのではなかろうか。戦況の変化に伴う絶望がそんなにヒリヒリしていなくて、どことなく夢の中に続くような会話か?カップルの雰囲気がそうさせるのか?

それにしても藤十郎、現実にいたら確実に好みドンピシャのタイプな気がする。明るくタフな男が叩かれて叩かれて失意の淵から這い上がるのはなぜこんなに魅力的なのか。冒頭、彼が半長靴を鳴らしながら厚谷君を探し回るところからばっちり引き込まれてしまった。軍隊という特殊な環境下、ルールをわきまえつつも腹を括ってそれに背こうと泥臭く足掻く男、もうそれだけで追いかけたくなってしまう。何より舞台が良いよね、日本から遠く離れた南国で、空は青く植物も極彩色で、駐機場に整列する戦闘機に太陽光が反射する前線基地。まあ後半そこに徐々に暗雲が垂れ込めるのもまた不穏で味わい深いのだが。対して伊魚、最初は感情が読めないのでなかなか掴みどころがなかったのだが、ネアカで裏表のない藤十郎に対して伊魚のミステリアスで厭世的な感じがカップルとしてこれ以上なくはまる。きっと作者さんは彗星と伊魚のキャラクターデザインからストーリーを組み立てていったのだろう。機体の特性や戦況の変化に伴う彗星の役割の変化と、主人公二人の関係性が絶妙に絡み合って、苦しくも幻想的な雲の城に住もうという誓いに繋がるのがなんとも切ない。ラストはやや駆け足感はあったがハッピーエンドで良かった。BLの基本はハッピーエンド。。

 

碧のかたみ

藤十郎があれだけ探し回った厚谷くんの話が読みたいという好奇心にかられて手を出したシリーズ二冊目。結論からいうと一番はまったのはこれだった。キャラクター、ストーリーの起承転結と伏線回収、星座と花火という舞台装置、すべてがバランス良く美しい。

これはあえて意識的に語り手である六郎の人間性を描き出すためなのだろうが、とにかく全編通して地の文がとことん性善説に振り切れている。だからこそ恒の疑り深く喧嘩っ早い側面ではなく素直で空と飛行機に一途なところに惹かれたのがよく分かる。満点の星空の下で恒は恒星のコウなんだ、なんて言われたらそりゃもう傾くわ。そして皮肉なことにこれが効いてくるのが後半の絶望的な戦況下で、戦闘機の飛ばない空に花火を上げたいという願いを淡々と述べるシーンだと思う。性善説で希望を持って戦ってきた人が現実に打ちのめされて叶わぬ夢をただ噛みしめることのなんという苦しさ。フィクションといえど現代と地続きで、かつて南国の空の下で同じように絶望した若者がいたのだろうと思うと胸が締め付けられた。

セッのシーンもまた大変に好みでよかった。撃墜マークのエピソードが特に滾る。自分がイッた回数を思い知らされるのって背徳感に近い後ろ暗さと恥ずかしさがあって良い。でも関係性としては攻めである六郎の方が恒に陥落してて、それを認めながら四回戦目をすべく彼の脚を押さえつけるのがもう、もう。、!!

からの、鮮やかな伏線回収のWe surrender、のシーン。すごくできが良いのだが冷静に考えると博打すぎないかという気もする。ただ、瀕死の恒を目の前にした六郎の絶望と、それまで見せられてきた六郎の思考回路が最後まで生にすがりつく選択に説得力を持たせていると思う。いやこれ自分だけ捕虜になって拷問にかけられる可能性は。。とか考えだすととんでもない選択肢なのだが、それでも恒の戦績と月光「Irving 102」の知名度という一縷の希望に最後に縋ったのがなんともうまい構成だなと思う。

ラストシーンは本当に大団円。こんなに鮮やかで綺麗なラストになるとは思わなかった。良かったね、本当によかったね。。

 

蒼穹ローレライ

このお話、何がすごいって導入の引き込み方がもう凄まじい。戦後長い時間が経った折、元整備員、三上の元にかつての上官の息子が訪れる。不意打ちのように差し出された封筒の中身、心当たりがないと思いつつも取り出してみると茶色く粗い繊維の紙。自分はこの紙を知っている。そのざらざらとした感触とともに、胸の奥にしまっていた思い出が時の流れとともに怒涛のように押し寄せる、あの頃自分は青い空の下、ラバウルにいた、、という映画のような導入。誰でも経験があると思う、いやなくても分かる、あの過去が自分の意識の彼方から否応無しに押し寄せるあの感覚。死に別れENDが分かっているのにこれはもう読まざるを得ない。

とにかく全編通して塁が苦しいしそれを見守る三上も苦しくて悲しい。でも三上の性善説と正義感の強さが希望になって読みやすさを助けていると思う。そりゃ温かい家庭に育って真っ当に努力して機関学校に入って、搭乗員を生きて帰還させるために整備の知識と技術を磨いてきたんだもの、塁の凄まじいまでの撃墜数への執着と希死念慮とは水と油だよな、という気はする。そんな彼の秋山との会話が何より苦しい。入れ込みすぎるな、心を持っていかれる、と秋山は忠告する。客観的にはとても的を得たアドバイスなのだが、それを聞いてもう自分が抜け出せないところまで塁に惹かれていることを認める三上の告白が切ない。

これはシリーズを通して思うのだが、作者さんが当時の戦闘機に関してものすごく勉強されたのがよく分かる作品で、特にこのお話は事実上の塁の専用機となっている零戦を整備員の目線から見たスペックが塁の信念をありありと物語っている。本来読者として感情移入しやすいのは三上なのだろうが、この描写の具体性によって塁の目線に近づけるような気がしている。

思えばこれ、セッ描写はすべて塁目線なんだよな。、私は何より二回目のシーンで、体験していないはずなのに塁の渇望感にあてられて苦しくなる。空の上で目にした壁のような敵機の群れ、三上は知らない自陣営と相手陣営の絶望的なまでの格差、そして三上には逃げてほしいのにもうその手段さえないかもしれないという焦燥感。。その中で自分に誠実に尽くしてくれる三上に対してはそれはもう欲情するだろう。

塁は三上に出会わなければきっと絶望を抱えたまま、擦り切れるように戦い、最後までマイナスの感情に支配されたまま散っていったのだろう。それを思えば彼の最後の電信は救いになったのだろうか。それでも残された三上の立場では、それなら何が何でも生きて帰って自分と添い遂げてほしかったと思うはずで、三上が幾度となく想像したであろうifを思うともう胸が詰まる。最後に塁の真意を知る構成といい、余韻を引きずる結末だった。

 

おわりに

自分に刺さったコンテンツの解像度を上げたいオタクの習性ゆえに当時の情報を漁っていたところ、戦没遺族の方の掲示板で、「複座の戦闘機で一緒に散華した方の遺族に会いたい」という書き込みを目にした。自分の親戚の情報を知りたい、最期は彗星に乗っていた、との書き込みもあった。私はこの物語をフィクションとして消費すべきではなく、現実と地続きで、本来は想像を絶する苦悩や絶望を抱えて過去を生きた人達がいたということを土台に咀嚼すべきなのだろうと思う。この現実を生きる方々の書き込みを見たとき、自分でも驚くほど動揺してしまった。過去に生きた人達は、物語の中で描かれていた彗星のふわりと浮く感覚、脚やフラップが電動で畳まれる感覚を味わったのだろうか。この物語を美しいと感じる自分と、厳しい現実から目を逸らしてはいけないという心の声との間で私はまだ折り合いをつけることができていない。

 

魂持ってかれた漫画メモ

酔った夜に書き足していくメモ

 

BASARA

神。長い上に読み返すたびにクソデカ感情に支配されるので未だに数年に一回しか読めない。高校生の感性が豊かなときにこの作品に触れられたのは一生の宝。今読んだら確かにややクリーンではあるのだが、それでも少女漫画としてはこんながっつり大河ドラマをやってくれて感謝。好きなキャラはもう全員思い入れがあるのだが強いて言うなら市松。付き合いたい。当然7seedsにもリアルタイムでハマり倒した。ミステリと言う勿れも良いけど、ちょっと問題意識の発露というテーマがはっきりしすぎというか、なんというかまとめにかかってるよね。田村先生にはまた30巻くらいかけてクソデカ感情を呼び起こす大河を描いてほしい。大変なのは分かる、でももう一度この方の骨太なストーリーでがっつり感情移入できる漫画で情緒をグチャグチャにぶっ壊されたい。この方と同じ時代に生きていて本当によかった。

 

ジョジョの奇妙な冒険

あなたのジョジョはどこから?私は第六部ストーンオーシャンから。部活の合宿の終わりに部室に落ちていた1巻をなんの気なしに開いたらもう止まなかった。絵で敬遠してた自分をぶん殴りたくなった、当時は衝撃作だった。

 

シュトヘル

あらすじとネットに落ちていたわずかな本編絵でこれは癖だと直感、見事に沼にはまる。井上靖敦煌と、服部克久カシュガルを履修して刺さっていたのでもともと西夏らへんが肌にあっていたのはあるかもしれない。とにかくこの作者さんの描く復讐劇と変態武器(褒め言葉)がことごとくドツボにはまり、数年かけてエンディングまで追いかけた。何がいいって主人公の顔がすごく憎しみで歪むんですわ。血と憎しみと殺戮と一筋のロマン。もっとドロッドロの地獄を見せてくれると思っていたら意外なまでにハッピーエンドだった。確実に読むのに体力を要するので、読み返したいけどなかなか読み返せない。

 

デビルズライン

このへんから明確に年下攻めが癖だと自覚し始める。この漫画、何がいいって男性が主人公に対して欲情しながらオ◯ニーするのをけっこうしっかり描いてるところ。作者さんは同年代でまずひええとなり、絵の割に比較的ハードな作風だと思っていたのだがここまでやってくれるかと思って感謝した。なぜか途中で息切れしてしまい、二部までは追いかけられていない。面白そうなレビューでも読めばたぶん一気買いするだろうとは思う。あとはこの作者さんの個人ブログ?ウェブサイト?らしきところにたどり着いたことがあって、そこに書かれていた文章がうますぎてひっくり返った。この方が小説を出しても私は必ず読む。

 

蛍火艶夜

現在進行系で沼落ちしている。たった一巻なのに何だこの感情の持っていかれ方は。思いを抱えきれなくてはてブを解説してくっそ長い記事まで書いてしまった。

 

 

 

 

 

とにかく書きたかった蛍火艶夜感想

最近読んだ蛍火艶夜があまりに衝撃的で感想を書き散らしたい衝動に抗えなかったので日記開設。そもそも私は漫画も小説もジャンル関係なく乱読する人間だったのだが、あまりこれまでの人生でBLの沼に浸かったことはなかった。むしろ社会人になるまでふーんそんなのもあるのか、あまり私の癖(へき)ではないかな、とあまり触れてこなかったのが正直なところだった。社会人になって電子コミックが流行り始め、ランキングに入っていたりおすすめで流れてきたのを契機に極めてソフトなやつ(性的表現がマイルド、男女に置き換えてもいけるような、いわゆる入門的な)を少しかじった程度で、もっと踏み込むきっかけにはならず、実用用途ではもっぱら成年かTLを好んで漁っていた。年々コンテンツに対する感性が鈍ってきている実感があって、もう魂持ってかれるコンテンツに出会えるのなんて数年に一回とかになっていたのに、BLという全く新しいジャンルで錆びついた感性の扉が全開になるなんてもはや感動的。以下、ゴリゴリのネタバレを伴う書きなぐりです。

2024.1やぎはし考追記

 

・橋内和中尉編

自白しするが私はやぎしずよりつかはしで脳を焼かれた。踏み込んでみたらとんでもない沼だった。考えてみれば年下×年上がもともと癖で、ギャップ萌えで、かついい男(女でもいい)が理性や羞恥心をかなぐり捨てて快楽に溺れる描写が好きすぎる私にはもう沼が手招きしていたようなものだろう。2周3周するうちにギャグとシリアス、エロと日常(彼らにとって、という意味で。現代の感覚では異常な非日常ではあるのだが)のバランスの絶妙さにも唸った。あとは作者さんのTumblrで書かれていた通り登場人物が全員握力体幹げきつよなのが素晴らしいです。ありがとうございます。

後述する通り、浸かっている限りのたうち回るほど辛い沼には違いないのだが、この沼の居心地の良さを醸しているのはおそらく橋内さんとたろちゃんの人間性だと思う。やぎしずに比べてあまり精神的にダークな部分に触れてない気がして、ふたりとも育ちが良さげなのが大変良い。橋内さんなんてあんな壮絶な過去があるのにそれをどこかはけ口にする描写もなく、整備兵にも(そしておそらく部下にも)慕われてて、過去培ってきたであろう憎しみや屈辱、絶望をどうやって自分の中で消化してきたのか。戦闘機の操縦が抜群に上手いってのも大変良い、しごできな人大好き。そしてたろちゃん、何もなければギャグ要員になりかねない素朴な男の子なのに、後家のトシ子さんに教育されて性的にめちゃくちゃオトナ、かつ大砲持ちというアンバランスさがキャラクター造形として秀逸。単なるイケメンで生まれつきテクニシャンみたいな巨根ではあの日常パートの会話の絶妙な面白さは出ないのよ。「なら俺にも言わないで」の顔とセリフとか、あんなに小さいコマとセリフなのにもはやエロパート以上に好きですらある。

本題に入る前にすでに長くなってしまった。もうつかはし編、とにかくセッの流れが良すぎて好みすぎて購入して一週間経つのに未だに暇さえあれば読んでいる。最後まで読むと情緒がぐちゃぐちゃになって魂持ってかれるのに実用性もあるのはなんなんだ。こんなの初めて。

もうキスのくだりは私以上に絶妙に感想を書いて下さっている方がいるので今更書かない。ちなみにその方の記事が購入の決定打になった。あまりに文書の上手さとそこから溢れ出る情熱がすごすぎて未だに読み返しては赤べこのように頷いている。一文ごとに10回くらいいいねボタンを連打したい。

あまり他の人の感想で触れられてないところで言うと、私は橋内さんの手の表現と理性がぶっ壊れて「塚本、気持ちいい」って出ちゃうところがツボすぎて作者さんの画力と構成の上手さにひれ伏している。橋内さんの手、前半はほとんど顔か口元を覆ってたり、自身を守るように胸元で握ってるのね。ちなみにイくときは胸元で洋服握ってる。最高。この手の表現、すんごい萌えはするんだが、彼の過去の描写と相まって、過去の性体験に一方的に暴力振るわれるだけの本当にひどい思い出しかないんだろうなと思うと胸が詰まる思いにもなる。思えばこれって古今東西あらゆるエロコンテンツで描かれてきたであろう「こんなの初めて」の一つの表現なのだが、間接的でありながらこんなに鮮やかで悲しくて苦しい「こんなの初めて」を私は見たことがない。こんなの初めての入れ子構造。そんな彼がたろちゃんに触れられるうちにだんだん手を彼の顔に添えるような描写があったりして、最後の正◯位のとこなんてがばっとたろちゃんの背中に手を回して思いっきりしがみついてるの、あんな最低な思い出しかなかった行為なのに快楽に理性も羞恥心もぶっ壊されて自分から求めちゃうの本当によかったね、ってなる。同時に初めて塚本って名前呼ぶし、台詞もそれまで驚いたり戸惑いながら喘ぐみたいなのばっかりだったのに、気持ちいい連呼しててもう最高。トラウマ抱えて自分にリミッターかけてたような人が理性も羞恥心もかなぐり捨てるカタルシス、見応えありすぎる。愛が生まれたかどうかは分からないけど、橋内さんはたろちゃんによって身体だけでなく凍りついて半分自棄になっていたであろう心まで箍が外れて新しい世界が開けたのが分かる描写なのがもう泣ける。

からの、ラストはもう鳥肌と涙なしには読めない。他の方の感想でもあったのだが、橋内さんが軍人としての自分の使命は置いて、残りの3日間たろちゃんが来るのを期待していた一方で、たろちゃんは最後の一日、ようやく開放されたのに整備兵としての自分の仕事を全うしてずっと特攻機の整備をしていたというすれ違いが切なすぎる。二回目、三回目があったら育ちの良い二人だからこそ素直に自分の思いをぶつけてもっと良い関係を築けたと思うのよ。ビビり散らかすたろちゃんに橋内さんからキスして、たろちゃんの甘やかし系セッで橋内さんがデロデロに溶けるのが見たい。。それなのにあのラスト。。もう何度読んでも、本来もっと築けたはずの関係、得られたはずの愛情が得られなかった結末が皮肉すぎて切なすぎて気持ちの整理ができない。終戦直前の特攻って成功率が10%とか20%とかだったみたいだけど、それを「見事成功させた」橋内さん、きっと本来は敵の戦闘機と戦って生きて帰還するために磨いてきた操縦技術をそんな目的で使うのは本人も心の底では納得できていなかったのではないかと思う。でもどんどん悪化する戦況とともに特攻に「志願」し、それを受け入れて、自分の中で消化してきたのだろうか。かつて自分が受けた性暴力による苦悩と絶望を表に出すことなく消化してきたように。もうこのエピソード、ラストが辛すぎるのに物語の力がありすぎて読み切ってしまう。そしてそのたびにのたうち回って途方に暮れてpixivで他の方の描いた二次創作を見て溜飲を下げるというスパイラルに陥っている。私は原作至上主義的なところがあって、普段は自分の好きな作品でも二次創作はそんなに積極的に見に行かないのだが、この作品に限っては、原作を超えていなくても解釈違いでもいい、とにかく救いをくれ、と飢えたように人様の作品を見ている。

たろちゃん、短期的には多分思い残しはあるにせよ満たされたのではないかと思う。あの限られた時間の中で、自分の行為で橋内さんを満足させられたか、彼の思い残しを晴らすことができたかどうかきっと気になっていたはずで、それが最後のキスで十分すぎるほど伝わったと思うから。戦時下で、軍という特殊な環境と搭乗員と整備兵という距離のあった関係性であるが故に、それが分かって喪失感を抱えながらも満たされたはず。短期的には。それが恐ろしい後悔をはらむようになるのはおそらく一年とたたないうちに戦後を迎え、軍という統一的な価値観で洗脳された環境から「平和で民主的な」世間に放り出されてから。新しい価値観のもとで自分の行動を振り返ったとき、たろちゃんは足元が崩れ落ちるような後悔と絶望に襲われたのではなかろうか。そして自分だけにあんな表情を見せた上官が自分が正しいと信じた道で使命を全うしたことに対しても、世間から好き勝手な批判に晒されたであろう辛さについては想像を絶するものがある。でもたろちゃんは歯を食いしばって戦後を生き抜いて長生きしてほしい。家族の前では明るく振る舞って決して表には出さないだろうけど時々トシ子さんの家でお茶飲みながら号泣しててほしい。そして平成になって沢山の子供や孫に看取られて(子沢山家系)、唯一持ってた若くて綺麗なままの橋内さんの写真を棺桶に入れてもらうんだ。孫とかにはこの写真の人だれ?イケメンだねーとか言われながら。彼は長い長い時間をかけて、あの5日間を幾度となく反芻して、最後には自分の中で折り合いをつけることができただろうか。どんな気持ちで旅立ったのだろうか。ウッウッ もうたろちゃんに感情移入しすぎて情緒が死んでる。なんだこれ。

・八木正蔵中尉編

こちらはいろいろな観点でつかはしとは対照的だなと思うエピソードだった。まず二人とも不安定というか、自己肯定感低そうというか、とにかくやりとりもセッも根底に厭世観が見え隠れする。そして何回体を重ねても決して心が重ならず、しずまくんの自分にかけた呪いの深さと八木さんの素直になれない性分ゆえに二人の間にある最後の一線が取り払えなくて辛すぎる。私はこのエピソードをエロBLの目線で読むのではなく、どうしても当時の同性愛者が抱えていたであろう悩みをリアルに切り取った漫画として読んでしまう。しかしこれ、つかはしとの対称性が本当に緻密に計算されて物語が作られているのが分かる。読めば読むほどプロットの絶妙さに、そしてつかはしとは別のベクトルでの救いようのなさに頭を抱えてのたうち回っている。

でもやぎしず、ビジュアルがいいよね。それぞれ違う系統の男前だし、二人のビジュアルの相性も良い。大変良い。このカップルのビジュアルの相性というところに私はちょっとした癖があり、この線細めでいかついヤンキー系の攻め(北方系)と少年ぽさの残る中に色気のある受け(南方系)というのがドンピシャでハマることに気づいた。男前筋肉質という共通点と顔と属性の差異点の絶妙さよ。。あまりに似ていてもあまりに違っていてもだめなんだ、適度にバランスが取れていてお互いに惹かれるポイントが分かるような。。特にしずまくんはキャラデザが本当に良くて、作者さんが気合を入れられたのがよくわかる。明るくていい子が闇落ちして色気を纏った未亡人になるのに最適なビジュアル。。

八木さん、見た目のみならずメンタリティもヤンキーなんだよな。ままならない現実に怒りを抱えて、自分の悩みや弱さと折り合いの付け方が分からず、それを表に暴力という形で放出することでしか対処できないガラスの心。。話は反れるが、中編の最初の一ページ、軍隊という舞台の緊張感と死の匂い、心の凍る絶望感を本当にうまく描き出していると思う。右下のコマ、おそらく安置所ということよね。。次のページの八木さんのコマもよかった。部下を失った悲しみと苛立ちと、鋭利なナイフのような触れただけでブチ切れそうな不安定さが最高。試し読みでこのシーンを読んで、あ、これは凄い漫画だ、買わないと後悔する、と思ったが私の直感は間違っていなかった。

さらに脱線するが、八木さんと橋内さん、同年代かつ同階級なのにあまりにタイプが違うので考察していくと深みにはまってしまう。八木さん、操縦の腕前がどんなものか描かれていないのだが、おそらく年代的に予科練の選抜が厳しい時代のエリート航空兵で、損耗率の高い航空隊であの年まで生き延びているんだからそれなりなのだと思っている。南方の戦場にいたのかなとか。、しかし、彼は本来の性格としてはむしろ文官向きで、たまたま本人の興味と能力が航空兵に向いていたためにその道に進んでしまった不幸なパターンではなかろうか。器用貧乏ともいえそうな。そしてさらに悪いことに、きっと影響を受けやすい若い頃にめちゃくちゃ話を聞かずに殴るタイプの上官に叩き上げられたのだと勝手に推測している。よく言われることだが、幼少期にしろ社会人初期にしろ、その環境に慣れないうちに自分を育てた人の影響は少なからずその後の人格形成に影響を与えると思っていて、八木さんの本来的な性格の柔さとあの外面の悪さの歪みはそこから来ているように思う。いわば悪い形で軍隊教育の洗礼を受けた人で、だから本来は部下を失うのが怖い自分がいるのに対話を通じて育てることができない、失敗に対してフォローしなければいけないのに言葉でなく拳が出てしまう、という誰もが損をする道を選んでしまう。部下にとっては嫌な意味での緊張感を与える上官で、話しづらいしフィードバックももらえないからプレッシャーに負けて部下がどんどん自滅していく。。もし八木さんが若い頃に違う形で上官に育ててもらっていれば、もししずまくんのような自分のセーフティーゾーンに強引に入り込んで意見してくれる部下に巡りあえていたら、きっとしずまくんに対する接し方も変わっていたと思うと切ない。でもそうなるとやぎしずは成立していないのか??キィィィ

一方の橋内さん、あの壮絶な過去をどうやって消化してきたのかまだ私の中で確固たる答えは出ていないのだが、一つの説として激烈に悲惨な文学とか、暗い哲学とかに触れて正気を保っていたのではないかと思っている。過去の世には自分の経験でも太刀打ちできないほど悲惨な境遇にあった人は多い、だから自分なんかまだましだという。、とはいえその中にロマンを見出す文学青年タイプではなく、自分の経験を正当化して整理するための道具として利用する脳筋タイプだといい(おそらく八木は暗い文学をもろにくらう。文学青年の素質ありそう)。にもかかわらず、あの人当たりの良さを考えると、おそらく八木さんとは正反対の上官についていた可能性が高そう。技術があって根が素直なんだから見る人が見ればこいつは伸びると贔屓にしてもらえたはず。だから軍人としての考え方や部下の指導方法はすごく恵まれた系譜を引き継いでいて、多分人を育てるのもうまい。一方、これも主観含みだが、若い頃に自分のケアに手一杯だった人はどこか周りに対して一線を引く傾向にあると思っていて、彼の方が八木さんより実戦では味方を切り捨てる判断ができるタイプだと思う。判断が早いし八木さんほど心も痛めない。冷徹とも言う。幸か不幸か、おそらく彼のほうが「うまく」軍隊教育に染まって馴染んでしまった。同年代の八木さんから見ると、橋内さんは技術云々よりも戦場での肝のすわりかたというか、メンタルのブレなさが異様に映っているのではないかという仮説。。たろちゃんへの告白シーンも、特攻決まってからのシーンでも、しずまくんとは別のベクトルで自分は近い将来死ぬというのを受け入れている諦念を感じるのが。。

この二軸で語るのが適切か分からないが、八木さんはプライドが高く自己肯定感が低いタイプ、橋内さんはプライドは比較的低いけど自己肯定感は高いタイプのような気がする。あの年の階級まで実力を伸ばして生き延びたベースにあるのが、八木さんは死に対する恐怖、橋内さんはまっとうに軍人として育ててもらったことでのプライドと責任感だといい。

突然降ってきたのだが、海軍で二人の育った環境が逆だったらと考えると、八つ当たり制裁する橋内さんといかしたベテラン搭乗員の八木さんがいたかもしれないってこと?やばいやばいやばい、性癖が破壊される。爆発四散しちゃう。。

マイナーかつ邪道なのは分かるが、私は圧倒的にやぎはしも美味しくいただける自信がある。はしやぎでもいい。二人の外面があまりに対照的なのにおそらく抱えている闇の深さは同じくらいなのがオタク的に美味しすぎる。スルメを肴に日本酒を飲み続けるように考察すればするほど無限に味わいが増す中尉組の沼。。。

ようやくやぎしずの話に戻るが、しずまくん、自分の性指向を否定され続けて、生への執着がなくなっていたのだろうという点については別の方がこれまた抜群にうまくまとめて下さっているので私はそれを超える分析はできない。特攻に志願するときの表情に迷いがなさそうなんだよな。。そんな彼の希死念慮とも言うべき絶望と八木さんの加虐癖丸出しのセッ、あまりに相性がいいのは分かる。でも良ければ良いほどしずまくんの抱える絶望が際立つのが救いがなくて辛い。頼む、せめてセッのときだけはハッピーでいてくれ、つかはしのように。。

これは好みが分かれるのも分かる。私は圧倒的にやぎしずは辛くて筆が乗らない。つかはしが「なんでそうならなかったんだー!!」と大声で叫びながら拳で床を叩きたくなるようなアッパーな辛さだとするとやぎしずはBADに入るようなずっしりしたダウナーな辛さである。

もっとゴリゴリ考察したいのだが、しずまくんと淀野さんだけは他のメイン登場人物より二重三重に追っている業が深い気がしていて(しずまくんなんてもう現代にも通じるガチ重な悩みを背負っていて)、なかなか考えがまとまらない。。

・作者さんも編集部もすごすぎる

こんな圧倒的に心をかき乱される漫画を生み出してくださって作者さんと編集部には感謝しかない。舞台設定にしても表現にしても、コンプラ的にもっとセーフに寄せる選択肢はあっただろうに、ぎりぎりのラインに挑んでくれているのが分かる。編集部、たぶんネームとか読んだ段階でこれはいけると判断されたのかな。こんなに凄いBL、仮にどこかから怒られが発生しても歴史に残ることは間違いないもんな。おそらく、漫画としての力強さがありすぎてこれは絶対に売れるという経営判断と、この漫画を世に出さなければという出版社魂だったのだろうと想像する。私もコンプラ的に問題もなく人道的な葛藤しか描かれない漫画も好んで読むし、そうしたものの中にも傑作は沢山ある。でもそうした漫画からは接種できない強烈な業に性癖を破壊されて幸せです。まさか3◯歳にして突如BL沼の底まで引きずり込まれる人生になるなんて全く予想できなかったよ。。

 

追記

やぎしずのテーマは「春のかたみ」が公式のようだが、つかはしは鬼塚ちひろの「蛍」を推したい。歌詞もメロディーもタイトルまでマッチしすぎてるのよ。、季節だけは違うけども。

「その一瞬が永遠だと、あなたは教えてくれた人」。。。ウッウッ