チラシの裏の走り書き

地獄に沼って書かざるを得なくなった女の独り言

蛍火艶夜 地獄の言語化

ほとんどBLを嗜んでこなかった私が昨年蛍の沼に頭まで浸かって以来、この沼の先が見てみたいという衝動と、これだけに依存したら生活と性癖が壊される、やばい分散させねば、という危機感から、BLやそれに近いコンテンツを漁っていた。漫画と小説を中心にいろいろな作者やカテゴリのものをおそらく30くらいは読んだと思う。いくつかとても良いものに当たったのは事実だが(1945シリーズとか)、読めば読むほど蛍はBLではなく先生がブログに書かれていた通りの地獄だと実感してきたし、先生の思考と漫画の見せ方がとても男性的だなと思ってきたのでメモ。あとはどうしてもしずまくんの闇が解明しきれないので、後編に向けての疑問の洗い出し。

 

 

当たり前だが性行為は恋愛が前提であるとは限らないし、まったく恋愛と結びつかない暴力だけの行為にもなりうる。そして典型的には、男性は女性よりも性衝動に突き動かされて何の感情も持たない相手や、むしろマイナスの感情を持つ相手であってもそれができてしまうところに、男女の性行為の捉え方に大きな隔たりがあると思う。いわゆる女性向けの性描写ありのコンテンツについてはその点には配慮がされている気がしていて(もう包み隠さずに言えばレ◯◯されることへの根底的な恐れに配慮されている)、BLと呼ばれるコンテンツであっても、「そうした」嗜好のものでない限りはとても女性的な視点で描かれているように思った。要は、恋愛から始まる肉体関係か、肉体関係から始まる恋愛かの違いはあれど、女性として嫌悪感を抱かない程度に、それが暴力と取られないよう配慮された描写のものが多かったように思う。ほぼ同じ時代背景が舞台の1945シリーズにおいてもこれは強く感じたところ。蛍については良くも悪くもその視点がほぼ排除されている気がする。もっと言うと、男性の性衝動や性的欲求を容赦なく描き、かつそれを安易に恋愛感情に結びつけず、安易に両思いにさせないぞという姿勢を感じる。先生ご自身が暴力行為を含んだ複雑な愛憎関係にフェティシズムがあるとおっしゃるのだからそういう作品になるのだろうが、その理解と作品への落とし込み方があまりに徹底されていて見事。さらに心理描写が最低限なのにもかかわらず、登場人物の表情や台詞回しから伝わる感情の描写が上手すぎて読者を心理的にもゴリゴリに苦境に追い込んでくれる。痛みと苦しみ、行き場のない感情が渋滞しておかしくなりそう。最高の地獄。。

 

もう蛍、メイン登場人物が誰一人として肉体関係の入口で相手にまっすぐ恋愛感情を持っていないのがやばすぎる。とはいえグラデーションはあり、しずまくんへの言語化しがたい後ろ暗い興味を持っていたよどのさんと、橋内さんへの人間愛に近い奉仕精神を持っていたたろちゃん、八木さんへの好奇心のようなものを持っていたしずまくん(被害者。、)など細かく分けると様々だが、それでも純粋な恋慕と言えるものではないし、残りの人達はほぼ性的欲求/性衝動ドリブンなのがあまりにも男。もうこの構造だけで完全に普通のBLと一線を画している。

 

まず橋内さん、もとがノンケなのかどうかは描写がないので分からないのだが、たろちゃんにキスされてそれを平手打ちで気色悪い、と拒否したところを見ると、知識としては知っていたかもしれないものの自分の中で肉体的接触と恋愛感情が結びついていないのが分かる。過去の自分の経験を嫌悪しつつも、その中で体験してしまったしびれるような感覚に囚われて、頭ではもういつ死ぬかもしれないし面白いこともないと諦念を抱えているのに、その屈辱の中で感じた快感の一点のみにおいてこの世に未練が残っていたというのが何とも悲しい人物造形だと思う。当然たろちゃんに声をかけた理由も、性行為に関して手練れで自分と適度に接点がないということのみだろうし。肉体的な欲求と、それに対する自己評価と、それを受けての行動がもうバラバラなのよな。そんな彼が肉体的な快感を前向きに捉えられるようになって最後は自分から求めたというのがもうのたうち回るほど感動的なのだが、ここではそれは置いておく。最期に彼が駐機場でたろちゃんを目にして、あのときに拒否をしたキスを今度は自分からしたところで、心と肉体的な欲求と行動が正しく同じ方向を向いたというのが物語として完成されすぎている。そしてその後あっさりしっしっとして、清々しい敬礼とともに飛び立ったというのも。ここでおそらく橋内さんが最後の未練を晴らせた感謝を伝えられたのと、その行為がたろちゃんの一生の呪縛になったであろうことの対比が、これまた皮肉が効きすぎていてのたうち回るほど苦しい。

私は、橋内さんはたぶん最期のキスのときに性行為中にほんのり感じていたたろちゃんへの恋心というか、愛おしさをはっきり自覚したのだろうなと考えると苦しくなる。たろちゃんが一晩中ぼろぼろになりながら自分の機体の整備をしていた姿、そしてついに自分に対してご健闘を、と言えなかった姿を見て、あのとき感じた感情は性欲と勢いが見せた錯覚ではなく、本物だったのだと思い知らされて、自分の底から湧き上がるように自然と出たキスであってほしい。つかはし、もう物語として美しすぎて打ちのめされる。もう構成が美しいし、感情的にも感性と涙腺が破壊される。こんな物語を作って表現できる先生、本物の天才。。

たろちゃんはもうこの物語唯一の良心。良心というのは恋愛漫画の観点で感情の流れがとても読者に優しいという意味で、素直でこじれていなくて分かりやすい。さらに、橋内さんと比較すると顕著だが他の主要登場人物と比べても、たろちゃんはベースが心(好意)と性的欲求と行動が同じ方向に向いていて、それに対する自己評価もまっとうなので、物語の語り手として安定感がある。他方で、過去も含めて読者にとっての余白というか、想像の余地が一番少ない人物でもあると思う。彼は明確にノンケとして描かれているが、セッ‥の途中ですでに橋内さんに恋愛感情に似た何かが生まれていたのだろうなというのはもう描写で分かる。ただ、搭乗員と整備兵という大きな立場の隔たりと、その一線を守ろうという彼の真面目さゆえにたとえ重営倉から出たあとも「二日目」はない。そして、最後まで機体の整備をした末に、橋内さんの姿を目にして言葉をかけたときにその境界が揺らぐ。そこにとどめのように橋内さんからのキス。。先の投稿でも書いたが、これによって短期的にたろちゃんが抱えていたであろう懸念(橋内さんの思い残しを晴らせたか)は解消されたが、同時に橋内さんに対する意図しない執着に近い何かが生まれてしまったのではないか。自分がそれまで憧れていた人と偶然が重なって寝ることになり、互いに肉体的、精神的にこれ以上なく満足できたのに、その人は自分の手で一生届かない場所に行ってしまった事実がもう呪い以外の何者でもない。きっと彼はその先の人生、誰かに好意を寄せるたび、誰かに好意を寄せられるたび、そして肉体関係を持つたびにこのことを思い出すんだよ。こんなの遅効性の毒だよ、素がとても素直でいい子なたろちゃんにこんな運命が降り掛かったことがもう辛すぎる。

八木さんについては、まずしずまくんへのファーストアプローチが完全アウトなのがもはや清々しい。信ちゃんへの恋慕や思いを伝えられない臆病さと裏腹に、部下に八つ当たり制裁するという悪い意味でのギャップが個人的にはとても興味深い人物造形なのだが(過去投稿で書いた通り軍隊生活で殴られて育った後遺症なのではないかと推測)、いったんそれは置いておく。しずまくんの性指向を置いてもレ◯◯だし、八木さん自身、匂いがきっかけとはいえ性衝動だし、もうこんなの完全アウト。ここで普通のBLなら、徐々に八木さんがしずまくんにほだされて両思いラブラブセッ‥となるところだが、両者の性格ゆえに容易にそうはならない。八木さんだけを見ると、徐々にしずまくんに心を許しているし、煙草にかこつけてキスしているし、信ちゃんのかわりではなくしずまくん自身を見て抱いている。でも、それを彼自身が真正面から恋愛感情と認めらず、あるいは表現できず、好きという言葉のかわりに噛み跡をつけることで代替行為のように相手を傷つけているのが辛い。あとは酒井大佐に叱責されたあとも、あれだけ自分の「浅ましい」行為を受け入れてくれたしずまくんを怒りのままに殴りつけているのが、時代と環境に「男らしさ」を強要されて歪んでしまった男の姿という気がする。そんな彼がようやく自分の思いを認めて、特攻直前にしずまくんに襟巻きを交換してほしいと言えたのが唯一の救い。。ただつかはし同様、タイミングが遅い。関係を深めるには手遅れすぎる。そして、彼は幸か不幸か特攻に失敗し、生き延びてしまう。こういうことは史実でもよくあったはず。人間関係の地獄だけでなく、あれほど生に執着した人間が、一旦死に向かって覚悟を決めたのに、その後の人生が続くという別の地獄を見せてくれるのもまた容赦がなくていい。

しずまくんはまず設定というか、抱えているものがあまりに過酷。戦時中、おそらくきょうだいの中で唯一の男でありながら、本来は自分の絶対的な味方であるはずの家族から性的指向を否定され続け、追いやられるように軍隊に来た人物。地獄の登場人物、いや主人公として彼以上にふさわしい人はいない。彼は登場人物で唯一、男に抱かれるのが夢だった、と自分の性指向が男性に向いていると自認している。ただ、それは家族から否定された「病気」であるとの自認とセットで、だから八木さんに対する初期の興味やほんのりとした恋慕、そして後半でその思いが(はたから見ると)恋愛感情まで発展してからもそれを本人が前向きに捉えられていないだろうことが残酷すぎる。さらには彼についてとても興味深いのは、友人や周りに対する接し方は年相応の明るい男の子そのものなのに、性的に興味のある男性に対する接し方が艶めかしいというか、手練れている。八木さんへのアプローチ(二回目)は、俺、今日もせっけんの匂いしますかね、という絶妙に性的なものを匂わせる言い方だし、よどのさんに対するひとくちくださいも年齢不相応に色気があってぞくぞくする。つかはしのストレートさと対象的な、間接的でありながら意図の明確な「お誘い」。現代的な感覚で見ても洗練されすぎている。18歳ですよこの子。男性と寝るのが八木さんが初めてながら、こんな成熟した性的なコミュニケーションができるのは何故なのか。長年病気と自認してきた後ろめたい欲望ゆえに彼の内面からにじみ出るものなのか、それともまだ描かれていない彼の過去に何かがあるのか。

そしてしずまくんについてはこの二ヶ月かけても解像度を上げきれない部分がある。私がずっと引っかかっているのは、彼の底抜けの明るさというか、厭世観を持ちながらも自己肯定感の高さを保っているように見えるところなのだ。彼が白い襟巻きの配給を受けて喜ぶところや、同年代の子たちと仲良さそうに遊んでいる様子は彼の背景を考えると、それが取り繕っている姿なのだと言われてもしっくりくる。ただ、私はそれもまた彼の素なのではないかと思っている。八木さんの特攻前夜、彼が八木さんに殴られ傷つけられたあとも、八木さんが一人部屋で泣いている傍らで、しずまくんは八木さんに殴られたまさにその場所で空を見上げている。おそらく自尊心はぼろぼろになってもいいはずなのに、この立ち直りの早さというか、淡々と現実を受け入れている様子が私には少し意外だった。しずまくんは家族の目から逃げるように軍隊組織に入り、特攻隊に「志願」する場面では怯えたり悩む様子すらなく一番に足を踏み出し、そして八木さんと直掩を交代させてくれと酒井大佐に土下座するまでに自分の命を軽く見ている節がある。最後はきっと八木さんのために自分の命を使おうとしたところを酒井大佐に言語道断と殴られ、八木さんにも言葉でも態度でもひどく拒絶された状況のはず。そんなしずまくんが、夜にはもう心の整理をつけたように見えるのは、どこか彼の根底に自己肯定感の高さを感じるのだ。下巻でもししずまくんについて語られるのだとすると、この彼の厭世観と自己肯定感の高さの両立が何に起因するのか、というのを見てみたい。

やぎしずはしずまくんにどうしても底が見えない部分があり、つかはしほど書いていて感情がグチャグチャにならないのが正直なところ。それでも自分の性指向を病気と思いつつも、八木さんに惹かれて何度も抱かれて、また最後には八木さんが皆に見える形で襟巻きを交換してほしいと言われた彼の嬉しさを考えると心がちぎれそうになる。18歳の男の子が背負うにはあまりに重い業。。

 

私、蛍でBL沼に浸かったと思っていたのだが、これは地獄というまた別の沼だったのか?

そして25日、先生は下巻でまたどんな地獄を見せてくださるのか。地獄でのたうち回って踊る覚悟はできている。ヒャッハー